数あるオーディオ誌の中でも「スレテオサウンド」が最右翼のハイエンドでして、
1900万円のスピーカーとか700万のCDプレーヤーとか「ゼロの数が間違って
いるのではないか?!」と言いたくなるような商品がゴロゴロ載っている雑誌が
ありまして、雑誌のお値段そのものも定価で2300円とそれなりにするので、
自然、古本屋で買うことに。
そんな経緯で(前置きが長過ぎましたね・・)手に入れた「スレテオサウンド
2008年春号」で、声楽家の幸田浩子さんの対談があり、興味深い内容だっ
たので、ご紹介させていただきます。
幸田浩子さんは大阪・豊中のお生まれで、東京芸大を主席で卒業後、文化庁の
派遣芸術家在外研修員としてイタリア・ボローニャへ。現在も二期会会員として
活躍されているソプラノ歌手です。
さて、その幸田浩子さんが対談の中でこのように語っておられます。
"イタリアに住むようになって、やっとイタリア語で喧嘩できるようになったときに、(スレテオサウンド2008年春号 連載対談「音のたまもの」より)
すごく楽譜が近くなりました。イタリア語で書いてあるものが、あるとき自然に納得
できる、っていうような。「マンマミーア」とか「マドンナ!」とか、どれも同じ
「驚いた」なんです。訳として分かるんじゃなくて、微妙な差を理解できて、自分の中
から出て来るようになってから作品を見たときに、そのフレーズをごく自然に歌えるよ
うになりました。"
「自分の中から(イタリア語が)出て来るようになって」というのをわかりやすく
例えて「イタリア語で喧嘩できるようになったとき」とおっしゃっていますが、
つまり、自分の感情の発露したり、切羽詰まった状況でコミュニケーションを
取らなければならないような状況に置かれることが、真のコミュニケーションの
ための語学習得には必要、ということだと思います。
日本イタリア京都会館
http://italiakaikan.jp/